交流3 信者に観劇にさそわれたこと/食事会の補足

 交流2で書いた「食事会」について少し補足をします。そこで自己紹介をさせたり、趣味や好きなことについて喋らせることには理由があると思われます。それは、信者になりそうな人の趣味嗜好について知ることで、勧誘のしかたをその人に合わせたものにし、より効果的に人心をつかむことが可能になるからではないかと考えられます。他の人の実例は分からないのですが、少なくとも、その食事会で僕は「演劇が好き」と語ったところ、彼らに観劇に誘われました。今回はその話です。

 食事会のあと、12月末くらいに1回くらい春日(仮名)に食事に誘われて行ったりしました。金木(仮名)とも約束をしていたのですが、僕が熱を出したため反故になりました。(割と病弱なんです…)

 それからしばらくして、特にこれといったLINEのやりとりもしないまま、ひと月ほど経った後でしょうか。1月末(テスト期間中でした!)ごろに、春日から

「都心近くで、友達が演劇やるんだけど、一緒に行かない?」

といったお誘いがありました。電通大では特に落単する&留年の原因となることで有名な三類力学とか、凶悪なテストが多々ありましたが、面白そうなので付いて行ってみることにしました。

 そうして来てみると、僕、春日のほかに、もう一人の男性がいました。彼は春日より年下の電通大生で、とても筋肉質な方でした。(山田(仮名)と呼ぶことにします)僕含めた3人組で、観劇に行くことになりました。

 劇場は電通大のある調布から電車で1時間くらいかけていったところにありました。そして、入り口でパンフレットをもらいました。普通の劇団ならそこでチケットの確認をするか、お金を支払うものだと思うのですが、何故か支払いはしませんでした。(事前のLINEでもチケット代については教えてくれませんでした。演劇のチケットって普通何千円とするものなのですが…)そこは普段プラネタリウムか何かに使われているらしく、球形の形をしており、中心にプロジェクター、周りに観客席というような構造になっていました。

 芝居や劇団(?)の詳しい内容は後で詳細に述べますが、頑張っているあなたを応援する系の、ありがちな感動ものであったと思います。隣に座っていた春日は感動して号泣していました。山田も「演劇なんて初めて見たけど、面白いな!」と言っていました。僕はなんか普通過ぎるなあと思っていましたが、ミュージカルパートにだけ出てきた、ものすごく歌が上手な女の人がいたのですが、歌がうますぎて強く印象に残っていたのを覚えています。

 演劇終了後には、役者との面会の時間がとられることが普通の演劇でもよくあるのですが、それはこのときも同様のようでした。春日はどうも知り合いが多いらしく、やたらいろんな人に話しかけていたのを覚えています。僕は春日に彼の知り合いに対して紹介されたりしました。「今日の芝居、どうだった?」と言われたりして、言葉をひねり出すのに苦心した覚えがあります。

 帰りには春日のおすすめの天ぷら店があるといわれたことにより、その店に行きました。そのお店は老夫婦が経営している、古風な日本式の調度が取り揃えられた店でした。春日は女将さんに話しかけていたりしていました。(コミュ力の高い人だった!)女将さん曰く、天ぷらを揚げている主人はかつて一流のホテルで働いていたりしていたとのことでした。実際食べた天ぷらは非常においしく、「これは食べる芸術だ!」などと先輩二人によく言っていたのを覚えています。

 そうして帰路に就きました。それから、余り時間を置かずして、春日から「テスト忙しい?」などと言われて、よく予定を聞かれていました。そうして、こう言われました。

「どうしても君に紹介したい人がいるんだ。時間ないかな?」

(つづく)

 

ーーー(あとがき)ーーー

・このときの演劇なのですが、劇団のサイトがありました。ストーリーもここにあります。

http://perfect-design.jpn.org/

 サイト上にビデオがいくつかあり、それを覗いてみると

「磨かなければ、輝かない」

「歴史を成していこう」

「新たな時代を」

などといった、実に”摂理的な”表現が散りはめられていました。(教祖チョンミョンソクが生まれた後の時代は、新しい時代と呼ばれており、主なる神が再びキリストを送るという人間の約束が成った”成約”の時代である、と摂理内では信じられております)ただ、当時の僕はまだそんなことは知りませんでした。

 これは恐らく、宗教勧誘用のイベントであったのではないかと考えられます。勧誘用にイベントをやるのは他の宗教でもよくあることですが、彼らの場合、自分たちは宗教だよとは絶対に明かさない点で異なります。

・この観劇の前に春日と食事に行ったと最初に書きましたが、そのときから「会ってほしい人がいるんだよね」とちょくちょく春日から言われていました。

・結局、芝居が終わった後でも、摂理と決裂した今まででも、この演劇のチケット代は支払っていないです。奢ってくれたのだろうと当時は楽観的にとらえていましたが…

 

 

 

 

考察2 勧誘用の「ダミーサークル」の特徴

 摂理の主要な勧誘方法の一つに、勧誘目的で作られており、かつそれと悟られないように違う目的を掲げているようなサークル、所謂「ダミーサークル」を用いる方法があります。電通大内でもそのようなサークルはいくつかあったようです。他の大きな大学では、ターゲットにした人ひとりのためにダミーサークルを複数人によって立ち上げられたというケースもありました。論文にも記載があります((櫻井 義秀 キャンパス内のカルト問題-学生はなぜ「摂理」に入るのかー p133 高等教育ジャーナルー高等教育と生涯学習ー15(2007))) ただ、電通大のような小さい大学だと、このような真似をするだけの規模もないでしょうし、またやってしまえばかなり目立ってしまうので、恐らく、一人にターゲットを絞ってダミーサークルを作るような真似をする可能性は低いでしょう。

 僕はこの摂理と少しだけ関わっていたおかげで、摂理のダミーサークルの特徴について、いくつか思い当たる点があります。ここではそれについて述べ、考察していこうかと思います。

 結論から言えば、以下のキーワードを含むようなことをうたっているサークルです。

「他大学の人や、社会人と交流できる(交流を打ち出している)」

「成長できる、次元の高い考えを学べる(自己啓発的)」

”聖書的”な言い回しを用いる傾向がある」

 これらについて少し解説します。

 

・「他大学の人や、社会人と交流できる(交流を打ち出している)」

 これは、ここで示している「他大学の人」「社会人」というのは、摂理の信者のことです。いろんな人と交流できるよ!ということをうたっていても、内実は宗教の信者だけでの交流であり、広い交際に見せかけて、実は内輪の人間だけの狭いものです。

 そもそも、他大学の人と付き合いがあるのなら、~大とインカレを組んでいます、というのが普通です。そのあたりをあいまいにしているようなところが、ダミーサークルと揶揄される所以にもなるかと思います。

「成長できる、次元の高い考えを学べる(自己啓発的)」

 これらの言葉に限りませんが、とにかく自己啓発的なことを言っているようなところには注意が必要です。摂理に限らず、他の宗教勧誘をするような宗教は大概そうなのですが、教義そのものが啓発的なものになっていることがとても多いです。(宗教というものが担う役割がそもそも自己啓発だからだと思われますが…)「次元の高い考えを学べる」などとあからさまに言うことは恐らくないかと思われますが、そのような啓発的なことをうたうサークルには十分注意するべきでしょう。

”聖書的”な言い回しを用いる傾向がある」

 例えば、「目標」ではなく、「ミッション」「使命」ということなどです。missionとは元々キリスト教の伝道をすることなどを指して使われていたりしたことがあるようです。彼らは当然キリスト教めいたものを信じ、”そればっかり考えて”日々生活しておられるようなので、そのような言い回しを好む傾向があるように考えられます。

 

 以上が考えられ得るダミーサークルの特徴になるかと思われます。このような形だけのサークルは、当然ですが長続きするものではなく、また新しくでき続けるものであるので、主な勧誘のターゲットとなる層は、まだ入学したばかりで大学生活がよく分かっていない新入生の人たちであることは明らかでしょう。大学生、特に新入生の方々は今後このようなサークルに勧誘される可能性は十分にあると考えられますので、気を付けましょう。

 

 また、補足ですが、電通大における今後のダミーサークルによる勧誘について、少し思うところがあるので、それを少し述べたいと思います。

 ダミーサークルはよく作られていたように思われるのですが、2018年度に作られた(UEC18が入学したころともいえますね)「グローバルカフェ」がかなりあからさまなものであったので、結構多くの人に怪しまれていたという事実があります。そのためかどうかは分かりませんが、2019年度(UEC19)のときには、もう少しちゃんとしたサークルを作っていたようです。このような経緯を考慮すると、あからさまに怪しいサークルを作る可能性は、恐らく低いのではないかと考えられます。

 ただし、信者の世帯が代わり、違う人がサークルづくりをし始めたりするようになれば、この限りではないとも考えられます。僕と関わっていた電通大の信者たちはそろそろいなくなる頃であると推測されますので、いずれにしろ注意は必要であるものと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

交流2 信者主催の「食事会」に参加したこと。

 2018年12月初旬ごろのことだったと思います。生協前でアンケートを取っていた春日(仮名)から、食事会に誘われました。どこでやるかは知らされていませんでしたが、とりあえず電通大の寮にあるセブンイレブン電通生にはドムセと呼ばれているところですね)に19時に来てくれと言われたので、指示通りにそこで待ち合わせをしていました。合流の後、食事会をやる場所まで案内してくれました。

 春日曰く、自分は他の電通大生と一緒にシェアハウスをしており、今日やる食事会は自分たちのマンションでやるとのことでした。待ち合わせ場所からそう遠くはないところにそのマンションはありました。そこはなかなか広いところで、いくつかの部屋に、ピアノやギターなどの楽器、10合の米を炊ける炊飯器、ソファなどの各種家具などがあり、なかなか”意識の高そうな”部屋だなあと感じていました。

 ついてみると、もうすでに先客が何人かいたかと思います。提供される食事はなべ物らしく、それらの準備をしている人もいたと思います。ただ、まだ来ていない人などもいたので、待っている間、春日が大きめのホワイトボード(なぜあるのだ!)をどこからか持ってきて、適当なレクリエーションをしていました。

 そうしているうちに、来客はそろったようでした。来ている人は殆どが電通大生で、僕と同学年(1年生)はあまり多くなかったかと思います。ただ、一人、電通大のOBだというスーツ姿の男がいました。(今後出てくるかもしれないので、佐々木(仮名)と呼ぶことにします)また、やはり運動の類をやっているという人は結構いたかと思います。人数は20人に届くか届かないかという程度だったので、テーブルを二つに分け、それらに適当に座っていました。

 僕が座ったテーブルでは、ほぼ全員が上級生だったかと思います。また、佐々木もここに座っていました。そこで鍋物を食べつつ、自己紹介をしたり、適当な会話(スモールトークという言い方があるようです)をしたりして、適度に交流をしました。

 それなりに時間が経ち、機が熟したころだったでしょうか。テーブル内の人たちで順番を変えながら、指示されたか、仕向けられたか、定かではないですが、とにかく皆あることについて喋るようにされました。

 そのあることとは

「なぜ電通大にきたのか?」

「自分の好きなこと、やりたいことはなにか」

「将来何をしようと考えているのか」

などといった、自己啓発的な、ちょっと踏み込んだようなことでした。そして、一人がそのようなことを喋り、それをテーブル内の皆が割と真剣に聞く、たまに質問をする、そのような活動をしていました。

 僕は好きな物理のこととか、やりたい研究のこととか、またやっていた演劇のこととか、そのようなことをべらべらと喋っていたかと思います。他の人の中には、自転車が好きで、それについて喋っている人とかもいました。

 そうしていくうちに、話題の焦点が、進路の話になっていたかと思います。交流1でアンケートととっていた二人組のうち、春日ではない方(金木(仮名)と呼ぶことにします)がこのようなことを言っていたのを覚えています。

「今、自分は電通大にいて、何となく過ごしていたけど、時折”自分ってなんだろう?”って考えることがあるんだ。電通大は単位が来ないとか留年率が高いとか言われるけど、正直適当に過ごしていたって単位はとれるんだよ。そうしてこれといった目的もなく進級して、今は大学院にいくことになっていて、電通大生、あるいは大学院生とか言った肩書を持っている。けど、自分という存在を、それこそ無限大の極限にぶっとばして、そうして自分のありとあらゆるステータスをはがしたとき、自分には何が残るのだろうって、不安になるときがあるんだ。」

 極限にぶっとばす、といった理系風の表現が気に入ったので、金木の話はそこそこ覚えていました。また、順番がまわってきた電通大OBの社会人佐々木は、このようなことを言っていたと思います。

 「うちの会社には昔、携帯を作る部門があったんだ。俺が今の会社に入社したころは、ガラケーが流行っていたんだ。当時は携帯と言えばガラケーの時代で、皆ガラケーを持っていた。だから入社希望の人たちには”ガラケーをつくりたいんです!”という人が多くいた。けれどしばらくして、携帯業界に”黒船”がやってきたんだ。そう、Apple社の"iPhone"だ。これが来て以来、携帯部門はどんどん衰退していって、最終的にはなくなってしまったんだ。こうなると、ガラケーを作りたいといってこの会社に来た人たちはどうなると思う?ほかの部門に回されたりしたが、多くの人はモチベーションを無くして、結局落ちこぼれてしまった。そういう人たちを俺はたくさん見てきたんだ。だから、学生の皆に言いたいのは、何か一つのことをやろうとして、そればっかりになると、あるとき、それこそ”黒船”のようなものが来て、それで人生が台無しになることがあるから、”一つのことだけを考えて行うな”ってことだな。」

 このようにして、佐々木含む先輩たちからなんだか有難いお話を聞いたりしていました。話の途中で配られた差し入れのコージーコーナーのデザート(たしか僕はモンブランを頂いた気がします。)を食べたりするなどもしました。おいしかったです。

 そうしていたら、夜も遅くなってきていたので、シェアハウスしている学生何人かを除いては帰り支度を始めていたかと思います。参加費の500円を最後に支払って、帰路に就きました。

(つづく)

 

ーーーあとがきーーー

 当然のことですが、ここで出てきたシェアハウスをしている電通生は皆信者です。直接見たことはないですが、勧誘活動や、(後述すると思いますが)信者になりそうな人間の”管理”などのミーティングを行っていたものと推察されます。そうでなければ、こんな催し物やらをすることは非常に困難でしょう。

 「食事」というものは、摂理では最も重視されているものの一つであるように考えられます。連中と長くかかわっていると、「教祖のチョンミョンソクは当時貧しかった韓国の、貧しい農家に生まれたため、食べるものがほとんどなかった。だけど、あの偉大な先生は、そんな中でも、飢えた人に食べ物を与えることを惜しまなかった」みたいな話を嫌というほど聞かされ、刷り込まれていきます。そのため、布教活動、また信者同士の活動の中でも、「食事」というものが重視されてくるものであると考えられます。

 部屋にあった楽器の類は賛美歌の演奏に使われているのを見たことがあります。そのような用途のためにおいてあるものと推測されます。

 ここで金木が話していた内容のようなことは、信者になった人たちは皆言っていました。「自分は何のために生きているのだろう」「今の生活が面白くない、つまらない」そのような心の間隙に、カルト宗教は入り込んでくるものであると、信者たちを見たり、実際に接してみたりして思いました。

 佐々木の話は実体験に基づくものであると思いますが、”一つのことを考えて行うな”というのは教祖であるチョンミョンソクの語録であると考えられます。(彼らは「聖書由来だ!」とよく言っていましたが…)これは摂理と関わっていると大変よく聞きます。

 ”~行うな”のような、断定口調で語られる他の言葉群もまた多くあるような印象もありました。これは朝鮮語由来の言葉特有のものなのかなと推測していますが、正しいかどうかは知りません。

 

考察1 電通大における摂理の勧誘手法と信者層

 以前、Twitterにてこういうツイートをしました。

 

 このツイートにも書いていますし、交流1でも少し書いたのですが、少なくとも僕のかかわった摂理の信者は、「スポーツやってそうな」人がかなり多かったです。これについて少し推論を重ねてみたいと思います。

 交流1で述べましたが、僕の場合は生協前で連中のアンケートに答えたことがきっかけで勧誘されました。しかし、もしこのような勧誘がメインであったなら、信者の層はもう少し多様であってもよいように思われます。なのになぜスポーツ系の人が多いような印象を受けたのか。この疑問に対する僕の推論としては次のようなものになると考えられます。

 「同じ運動部の先輩や同期から勧誘される。」

 実際に僕が見かけたものなのですが、運動部の先輩(完全な信者)が後輩を連れてきて様々な催しに参加する、ということがよくあったように感じられます。また、摂理自体がスポーツを奨励するような土壌がある(教祖の影響によるものと思われますが…)のも、スポーツ系の人が集まる要因になるのではないかと考えられます。

 

 ただ、摂理自体が体育会系かと言われると、恐らくそうではないと考えられます。僕が他の摂理系の場所に行った時には、賛美歌を演奏し歌う人たち、芝居をする人たちなども沢山いたのを見かけました。また、摂理を脱会した人たちによるサイトS-tationにより巨視的な資料がありますが、それによると男女比は4:6程度だそうです。*1

 

 僕の経験のみによると、摂理は男ばっかりの体育会系宗教みたいな印象を受けがちになります。(僕がそうでした。)しかし実態は多分そうではないであろうと考えられます。

 

 また、恐らくもう一つの勧誘手法として、電通大内であると思われるのは「ダミーサークルによる勧誘」ではないかと思われます。理由としては、摂理はダミーサークルによる勧誘が有名であること*2、僕が関わった信者の中に、サークルづくりに良く手馴れていた人がいたからということがあります。また、僕のリアルの知り合い(電通大生)が新歓期に「グローバルカフェ(恐らくそんな名前)」という怪しい自己啓発系サークルにいったとき、交流1で出てきた春日(仮名)とLINEを交換し、その連絡先を僕に見せてくれたことがありました。このような僕の経験から推測するに、電通大内でもダミーサークルによる勧誘はあるものと思われます。

 

(グローバルカフェ(正確な名前はよく分かりません)については、新入生オリエンテーションのときに勧誘活動を行っていたらしく、当時のUEC18のTwitterは荒れていたようです。「怪しくない?あのサークル」みたいな感じ。しかし、そのとき僕はTwitterをやっておらず、オリエンテーションにも参加していなかったので、これについては伝聞推定の形で述べているということを明記しておきます。)

交流1 生協前で宗教勧誘されたときのお話。

 時系列を理解しやすくするために、交流"n"というナンバリングをふりました。参考になれば幸いです。

 

 最初に勧誘されたのは、僕が1年生のときで、11月頭だったと思います。その日は必修の実験が長引いており、学校自体が終わるのは午後5時30分くらいになってからでした。

 (当時やっていた実験は実験Aのエアトラックです。クソ実験として有名でした。)

 19時くらいからサークル活動があったので、休憩と時間つぶしを兼ねて、生協前でのんびりおやつを食べていたと思います。そして、そんな風にしてぼーっとしていると、なんか若い男二人組に話しかけられました。(彼らは当時4年生の電通大生でした。一人はチャラそうな人で、もう一人はいかにも理系男子といった感じの人で、どちらもがっしりとした体型でした。)曰く

「僕たちはV(仮名)というサークル活動の一環で、アンケート調査をしているんだ!」

とのことでした。そのVとかいう名のサークルは聞いたことが無かったので、どういうところなのかを聞いてみました。すると、他の大学間で交流のあるサッカーサークルで、社会人ともかかわりがある、そうして、学生と社会人との間で交流ができる云々などという返答がきました。怪しいですね。

 アンケートの内容は、何年生で、どのような事柄に興味があるのか…などといった進路関係のものでした。それに答えた後にいろいろ会話をしました。内容は確か物理のロマンを僕が熱弁していただけのような気がしますが、なんだか盛り上がっていた(彼らに盛り上げられたという方が正確かと思いますが…)のは確かです。

 そうして、適度に話が落ち着いたころ

「これだけ盛り上がれるような人と、もっと交流したい!」

 とかなんとか言われて、LINEを交換しました。そののち、サー棟(サークル棟。サークル固有の部室がある)に移動して考えました。

 怪しい。胡散臭い。(それはそう!)けれど、まあ何か怪しいことがおきたら、そのときに文句を言うなり喧嘩をすればいいだろうし、それはそれでまあ面白いだろうなどと少し楽観的に考えて、特にこれといってブロックするなどはしませんでした。

 そしてサークル活動が終わり、帰りの電車に乗っていたころ、二人組のうちチャラい方の人(春日(仮名)と呼称することにします)からLINEが来ました。

「きょうはたのしかった!!!ありがとう!!」

 みたいな程度のことです。それからしばらくは、そこまで仲良くない女子とのLINEみたいな、他愛もない話題に1日おきに返事をするようなLINEのやりとりが続きました。

 そうして半月ほど経ったのち、その春日から

「夜、食事会やるんだけど、来ない??」

みたいなお誘いが来ました。 (つづく)

 

ーーーあとがきーーー

 摂理という宗教団体は、教祖のチョンミョンソク(鄭 明析、정 명석)の趣味だからなのだろうと推測されますが、サッカーが盛んなようです。サッカーを通じて交流したり、試合の後汗を流してやる…みたいなことがあるそうです。僕はスポーツ嫌いなので否定的な生返事をしていましたが、信者の人たちによくサッカーに誘われました。

 また、ここでは彼らはアンケートをとる勧誘手法をとっていましたが、他の怪しい団体も同様に、アンケートを勧誘の起点として用いることが多いという傾向があるように思われます。この出来事がある前、僕は日本共産党の議員と民青同盟の連中が街頭で取っていたアンケートに答えたら、適当な会話を持ちかけられて最終的には民青同盟の加入書(みたいなの)と赤旗新聞の契約書を書かされそうになったことがありました。アンケートをとってます!みたいな連中には注意を払う方が良いものと考えられます。

 

自己紹介とこのブログの目的

 初めまして。僕は大学生で、電気通信大学の第三類というところに所属しています。2018年度に入学しました。(UEC18です)普段はそこで、電子工学、プログラミングから理論物理まで、工学や自然科学に関するいろいろなことを勉強しています。

 その電気通信大学電通大)というところで、摂理*1という宗教団体からの勧誘を受け、一時期はそこの信者たちと宗教じみた(実際に宗教ですが!)交流をしていました。

 しかし、宗教的な関わりを続ける中で、彼らの行動様式や教義などに疑問を持つようになり、最終的には衝突してしまい、縁を切ることになりました。

 僕が彼らとかかわっていた期間は1年にも満たなったのですが、宗教団体という特殊な社会集団と関わり、考察し、様々に行動や勉強してきたことは、僕に多大なる影響を与えました。そしてそれは、僕にとってはとても「面白い」ものでした。

 このブログの目的としては、僕が摂理の信者との関わりの中で考察したこと、また摂理という聞きなれない宗教団体のことを、僕以外の人たちに、少しでもいいので知ってくれるような状態に置くこと、また僕自身の経験を実際に文字に起こして保存することです。

 付き合っていただけたらとても幸甚です。

 

 

 

 

 

*1:今はキリスト福音宣教会と名乗っているようです。この団体はよく名前を変える傾向があるようです。